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SNSで悪口を書き込む人の心理について【仕返しはダメ!】

Twitterを利用していると、他人に対する悪口が書き込まれているのを見かけることがあります。なかには、相手の人格を著しく傷つけるものも少なくありません。一体、なぜSNSで誹謗中傷を投稿する人たちがいるのでしょうか?

この記事では、SNSで人々を罵るユーザーの3つの心理について考察しています。自分が見ず知らずのユーザーから誹謗中傷を受けた際に状況を分析することで、冷静な判断ができる場合があります。読者のみなさんがソーシャルメディアに関する知見を深める一助になれば幸いです。

この記事を読んで得られること
  • SNSに悪口を投稿する人の心理について理解が深まる。
  • 誹謗中傷の仕返しについて検討する材料が得られる。

SNSで悪口を書き込む人の心理について

そもそも、なぜ、SNSで他人の悪口を書き込む人たちがいるのでしょうか。

俳優や芸人を始めとする有名人を標的とした発言もさることながら、見ず知らずの人を一方的に罵倒するような投稿を見かけたときに、純粋に疑問を感じる人たちもいるのではないかと思います。

ここでは、他人を攻撃するいじめの理論を引用しながら、インターネットで誹謗中傷を行う人たちの心理について考察していきたいと思います。

本能説:他人を攻撃する性質が備わっている

第1に、人間には相手を攻撃する本能が備わっているという説があります。この見解は、オーストリアの精神科医ジークムント・フロイトや動物行動学者コンラート・ローレンツによって提唱されています。

彼らからすれば、SNSで悪口を書き込むことは、人びとの内なる暴力性が現れた姿だというわけです。

しかし、いくら人間には残酷な一面があると学術的に説明されたとしても、被害者が納得できるわけがありません。「本能なのだから仕方がない」と加害者の行為を見過ごしてしまったならば、社会のあらゆる暴力を認めざるを得なくなります。

だからこそ、法律というルールが存在しているといってもよいでしょう。これまで、インターネットの言論空間は無法地帯といってよいほど無責任な発言が横行していましたが、近年では少しずつ状況が変わりつつあります。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。

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フロイトとローレンツは本能説の立場を取っていますが、両者には微妙な違いがあります。フロイトは攻撃を死の衝動と捉えて、反生命的な活動であると主張しました。一方、ローレンツは種の維持や進化において、外部に対する攻撃性は必要なものだと考えていたようです。

欲求不満説:自分より弱い人に八つ当たりする

第2に、人間は欲求不満の状態でいると、それを解消するために他人をいじめるという説があります。いわゆる、八つ当たりです。

この立場からは、Twitterなどで他人を傷つける発言をしている人たちは、日常生活のなかでフラストレーションが溜まる嫌なことがあって、その腹いせに他人の悪口を言っているのではないかという仮説が生まれます。

たしかに、ネットの世界で見ず知らずのユーザーを罵倒している人たちの心理状態は健全とは言い難いような気がします。そこには何かしらの歪みが反映されているのでないか。これが欲求不満説の立場です。

その一方で、この世には自分が理不尽に扱われたからこそ、同じ過ちを繰り返さないと決意して反面教師的に成長する人もいます。自分がイライラするから、人を攻撃するなんて生き方をしていたら、良い人が周りに寄り付かない人生になってしまうのではないでしょうか。

模倣学習説:みんながやっているからやる

第3に、人間は他人がだれかを誹謗中傷する姿を観察して模倣するという説があります。具体的には、子どもが悪いことをして大人から体罰を受けたとき、その子は「だれかが悪いことをしたら、暴力をふるってもいいんだ」と学習するといった話です。

この考え方からは、SNSで他人を愚弄する人たちは、他の人たちも相手を傷つけているんだから、自分も同じことをしても大丈夫と思っているという見解が導き出されます。つまり、自分の頭で物事を善悪を判断していない状態です。

少々、安直な気もしますが、こういった心理状態にあるユーザーは、SNSで人を誹謗中傷するのは悪いことだという価値観が広がれば、一気に少なくなるかもしれません。

仕返しは禁物!

だれであっても、見ず知らずの他人に悪口を言われたら気分を害しますよね。だからと言って、自分も悪口を言うような仕返しはすべきではありません。これには大きく2つの理由があるといってよいでしょう。

第1に、言い返した側が罪に問われたり、非難されたりするリスクがあります。

喧嘩両成敗という言葉があるように、日本社会には「やり返した方も悪い」と見なされる文化も少なからずあります。

最初の始まりが相手の悪口だったとしても、社会全体で許容される範囲を超えた仕返しをすれば、「それはやりすぎだ」という話になるわけです。したがって、「どちらが悪いのか?」を第三者に対して明確に示せない限り、自分が損をすることになります。

第2に、SNSで口喧嘩しても何にもいいことはありません。時間を無駄にするだけです。もちろん、言われるがままでは納得できないという気持ちもあるでしょう。

けれども、軽率な相手と同じ次元に落ちるのではなく、法的手段を取ったり、ブロック機能を使って無視するなど、冷静に対処することが大切だと思います。

悪口を気にしないでは済まない

SNSの悪口について、見ず知らずの他人から言われたことなんて気にしなければよいという方たちもいるでしょう。たしかに、日常生活で関わりのない相手の誹謗中傷など無視してしまえばよいのかもしれません。

しかし、そもそも論としてソーシャルメディアで人格を傷つける投稿がされなければ、被害者が思い悩むことはありません。悪いことを無視することは生きる知恵としては大切かもしれませんが、根本的な問題解決にはならないので、他の人が同じような目に遭ってしまいます。

また、「気にするな」と口で言うのは簡単なことですが、個人の性格によって受け止め方には違いがあります。それを考慮せず、「気にするな」というのは「我慢してください」と言っているようなものです。

近年では、SNSの誹謗中傷が社会問題化しています。改めて、私たちはSNSの使い方について深く考える必要があると思います。

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