スマートフォンの普及に伴って、Twitter(ツイッター)は当たり前のように使われる時代になりました。
しかしながら、その使い方を間違えると、人間関係を悪化させるおそれがあります。特に、他人の投稿を監視して、相手の気持ちを勝手に判断するのは思わぬ誤解をもたらすかもしれません。
この記事では、Twitterで監視されるのが気持ち悪い3つの理由について解説しています。Twitterを利用している人たちのお役に立てば幸いです。
- Twitterで監視されるのが気持ち悪いことについて考えるきっかけになる。
- 誤解しないようにtwitterを利用することの重要性について学べる。
Twitterで監視されるのが気持ち悪い3つの理由
だれだって他人に監視されるのは気持ち悪いですよね……。とはいえ、通常、SNSの投稿は公開されているものなので、四六時中見られるのはあり得ることです。その意味では、Twitterで監視されるのが気持ち悪いという感覚にはちょっとした矛盾があるような気もします。
すなわち、監視されるのが嫌なら、ツイートなんてしなければいい。そう思う方たちもいるのではないでしょうか?
しかし、適度な距離感がないと、息苦しさを感じるのも人間の性だと思います。ここでは、Twitterで監視されるのが気持ち悪い3つの理由について説明していきます。
理由1 いつも見られている感覚が気持ち悪い
第1の理由に、いつも見られている感覚が気持ち悪いことが挙げられます。
いうまでもなく、私たちはだれかと一緒にいないときは「一人でいる」という感覚を持っています。例えば、他人が見ていないことからこそ、下着姿で寝転んだり、鼻歌を高らかに奏でたりする人たちもいるはずです。
もし、「一人でいる」と思っているときに、だれかにこっそりと見られていたとしたら、ゾッとしますよね。自分の知らないところで、他人にずっと見られている。それが身近な人であったとしても、ある程度の距離感が保たれていないと、不気味に思えてくるものです。
理由2 自分のことを勝手に判断されるのが気持ち悪い
第2の理由に、自分のことを勝手に判断されるのが気持ち悪いことが挙げられます。
SNSの投稿は必ずしも真実の物語るわけではありません。むしろ、短い文章や日常の一部を切り出した写真だけで相手の気持ちを推し量ろうとすれば、思わぬ誤解を生み出すことになるでしょう。
「Aというツイートをするのは、Bという感情があるからだ」と一方的に他人を理解しても、本人から「人の気持ちを勝手に知った気になっている」と不快に思われてしまうわけです。相手の気持ちを想像するのはよいことですが、お互いを知るにはコミュニケーションが不可欠なのではないでしょうか。
理由3 適度な距離感がないのは気持ち悪い
第3の理由として、他人と適度な距離感がないのは気持ち悪いことが挙げられます。
ドイツの哲学者イマニュエル・カントは、人間はだれかと一緒にいたい反面、一人でいたいという矛盾した感情があることを指摘しています。これを非社交的社交性といいます。
科学的な根拠はありませんが、カントの主張に共感する人たちは多いのではないでしょうか?
家族や友人であっても、自分のすべてを共有するわけではありません。インターネットの普及で24時間365日、デバイスを通じて他人といつでもコミュニケーションできる現代だからこそ、それぞれの人間関係で少なからず距離感を保っていかなければ、自分とゆっくり向き合う時間の無さに息苦しさを感じてしまうのではないでしょうか。
誤解は危険
私たちは自分の都合に合わせて物事を解釈してしまうことがあります。それが一瞬一瞬に変化していく人間の心であったとしても例外ではありません。しかし、他人のことは他人に聞かなければ、エスパーでもないかぎり、全部を理解できるわけがありません。
SNSはどこまでいっても、相手の一部が見えたものに過ぎないと思います。その一部を相手の全体像だと誤解すれば、自分の視点は閉ざされていってしまうでしょう。今一度、相手と話すことの重要性を意識すべきなのではないでしょうか。