ライティング

作家性とは何か?AI時代に考えるべきキーワード!

「作家性」という言葉は、AIの進化が期待される現代だからこそ着目すべきキーワードです。今後、文章、絵、映像などの自動作成技術の発展次第では、クリエティブ産業が大きく変わるかもしれません。

とはいえ、AIが作ったものに作家性を見出すことはできるのでしょうか? そもそも「作家性」とは、どのような意味なのでしょうか

この記事では、「作家性とは何か?」を明らかにしたうえで、AIとの関係について考察しています。ライティングをはじめとするクリエイティブな仕事に関わる人たちのお役に立てば幸いです。

この記事を読んで得られること
  • 作家性という言葉の意味が理解できる
  • クリエイティブ領域の未来について考える素材を得られる

作家性とは何か?

作家性とは、作品を通じて表現される作者の価値観やスタイルのことです。

また、九州大学・芸術工学研究院の教授を務める知足美加子さんは『彫刻における作家性と複製の問題』のなかで、芸術における作家性を「作り手の意識」として説明しています。

厳密にいえば、作家性という言葉の辞書的な定義はありませんが、作家自身の精神性を意味する言葉として使われているといってよいでしょう。

例えば、「私は作家性の強い映画を見たい」といえば、監督の思想がはっきりと示されている作品を鑑賞したいと解釈されることになります。

TEZUKA2020に作家性はあるのか?

近年、AI(人工知能)に作家性をもたせようとするプロジェクトが話題を集めています。具体例を挙げると、手塚治虫の作風をAIと人間の力で再現しようと試みる「TEZUKA2020」は、『パイドン』という新作漫画を発表しました。

パイドンモーニング公式サイトより引用(最終確認日:2020/4/21)

この作品に手塚治虫の作家性を見出すことができるのかといえば、賛否両論があろうかと思います。

そもそも、手塚治虫が描いてない作品に本人の作家性を認めてしまえば、「手塚治虫の精神性はデータで再現できるような形式的なことなのか?」と疑問に感じる方もいるかもしれません

しかし、マンガのような創作物は絵と物語が一体化して表現されるので、作品のカタチにも作者の価値観が反映されている場合があります

具体的にいえば、同一人物が描いた違う漫画を読んだとき、作画にどことなく似たような雰囲気を感じることがあります。宮崎駿氏のジブリ作品は最たる例だといえるでしょう。

これはキャラクターを絵として描き出す際に、作家の人間観が反映されるからだと考えられます。

そのため、AIが学習対象として手塚治虫の作品をインプットするならば、絵に込められる作家性がカタチとして再現されたとしても不思議はありません

おそらく、『パイドン』に登場するキャラクターのデザインに手塚治虫らしさを感じる人たちは、たくさんいるでしょう。

いずれにしても、AIに既存の作家の個性や価値観を再現させようとする挑戦は、クリエイティブ産業が必ずしも人間の領域ではないことを暗示しています。

もし、無数のマンガをビッグデータとして活用する作品が生まれたとしたら、人びとがAIの作家性を認める日が訪れるかもしれません。

作家性はオリジナルなものなのか?

作家性はオリジナリティの概念と密接に関わっています。

オリジナリティとは、他人を真似するのではなく、自分の思考と感性で新しい価値を生み出すことをいいます。日本語では「独創性」と訳されていますが、その意味をじっくりと考えてみると、捉えどころのない言葉だといえます。

私たちの価値観は他者との関わりのなかで育まれていきます。普段、自分が何気なく使っている考え方でも、元々はだれかが使っていたものかもしれません。

そうすると、「どこからが真似になるのか?」の答えが極めて曖昧になります。それは裏を返せば、「純粋な独創性はあり得るのか?」といった疑問へとつながっていきます。

私たちはクリエティブについて語るとき、「0から1」や「無から有」といった概念を用いることがあります。

けれども、ほかの数字や有の概念を意識することなく、0や無を語ることができない以上、すべては「有」の世界にあるはずです。これは日本創造学会で評議員長を務める高橋誠氏の「創造」の定義にも表現されています。

「創造とは、人が異質な情報群を組み合わせ統合して問題を解決し、社会あるいは個人レベルで、新しい価値を生むこと」

日本創造学会公式HPより引用(最終確認日:2020/4/21)

異質な情報群が組み合わされてクリエイティブなものが生まれるとすれば、前提のない状態で何かを生み出すことはできないといえます。

したがって、作家の価値観も他者や環境との関わりを前提として存在している以上、純粋な独創性として語ることはできないのではないでしょうか。その意味では、作家性は必ずしもオリジナルなものではないと思います。

人間がAIに作家性を与える!?

このように考えていくと、第三者のデータをインプットしたAIでも新しい価値を創造できるといえますが、AIそれ自体に作家性を認めることはできるのでしょうか。

作家性は作者という存在を前提としています。作者が人間である以上、主体的な意思の働きがあります。だからこそ、その人間が生きた過去、現在、そして未来に関する一切の営みから精神性が現れてくるといってよいでしょう。

AIは人間の能力を部分的に再現することに成功していますが、あくまでも物理的なシステムです。人間がプログラムしたデータが基盤となっている以上、そこに自発性を見いだすことはできません

もちろん、シンギュラリティ(技術的特異点)の話もあるので、「現時点では」という条件付きですが、アニメの世界のように自意識を持ち、作り出す価値についてこだわりや思考を形成しない限り、AIの価値観を語ることはできないと思います。

けれども、読者や関係者がAIに作家性を見い出すことはあり得るかもしれません。『パイドン』の例でいえば、本人の作家性とまではいえなくても、手塚治虫のデータから派生した物語として何らかの価値が表現されていることは確かでしょう。

そこに読者がさまざまな解釈を与えていくと、全体として共有できる作家性が形成される可能性があります

読者がAIの作品に作家性を見出す仕組み

この辺りは解釈学が関わる複雑な話になるので割愛しますが、AI作家が誕生することで、作品の価値を生み出すのは作家だけとは限らないことが鮮明になってくる気がします。

クリエティブ産業の常識が変わるかもしれない

これまでは作家が読者に発信する精神性に焦点が当てられてきましたが、AI作家の場合は、その価値を問うのは読者や関係者になるはずです。

すなわち、クリエイティブ産業の担い手がクリエーターだけに限らない時代がすぐ近くまで迫っているのではないでしょうか。

自分は絵が下手だったとしても、上手な絵を学習したAIが書いた絵に精神性を与えて発信するようなことが起こらないとはいえません。

それこそがTEZUKA2020のようなAIのプロジェクトがもたらすクリエティブ産業の転換点なのだと思います。

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