格言のルネサンス

岡本太郎の名言・格言|一度死んだ人間になるとき

格言のルネサンス コンセプト

格言のルネサンスvol.003は、映像、写真、デザインなど幅広いジャンルを扱うクリエイターとして活動する石上ひろしさんの人生に刻まれる岡本太郎さんの「一度死んだ人間になれ」という格言を通して人生の選択についてインタビューしました。

【石上洋(いしがみ・ひろし)さんのプロフィール】 

大学時代、法律、政治学を学ぶ、映像制作会社で4年間下積みをした後、独立。これまで、映像、写真、デザイン、音楽制作、文章制作、幅広い分野で下積みしてきた。映像×音学×デザイン×文章というように媒体を組み合わせた効果的な表現を生み出している。目標は物語を作ること、デザインすることによって、わあっと驚き、喜び、泣き、心を豊かにする体験を作りだすこと。

【石上洋さんの関連リンク】

  1. 石上さんのブログ:http://h-ishigami.com/
  2. 石上さんの事業:https://www.artbaseproject.com/

学生時代に出会った岡本太郎の格言

森本恭平

石上さんの心に刻まれる格言は何ですか?

石上洋さん

僕は、芸術家・岡本太郎さんの「一度死んだ人間になれ」という言葉に大きな影響を受けました。

森本:岡本太郎さんといえば、『太陽の塔』や『明日への神話』で有名な芸術家です。石上さんは、どうして「一度死んだ人間になれ」という言葉を選ばれたのでしょうか?

石上さん:僕は今でこそ、クリエイターとして活動していますが、大学に入学した頃は行政書士を目指していました。

森本:そうだったんですね! 驚きました!!!

石上さん:当時は、「経済的に安定した生活を送らなければいけない」という考え方に支配されていたんですね。だけど、法律を勉強すればするほど、肌に合わない。どこからともなく違和感がわいてくる。物事を型にはめてフォーマット化する世界観に途方もない息苦しさを感じたんです。

森本:なるほど。私たちの社会には法律が必要不可欠ですが、法学は人間の営みに関わる無数の因果関係から論理的に覆しづらい部分を取り出す作業だと思います。

「AだからB、CだからD」というような型を発行して人間社会をコントロール可能なものにする……。みんなでルールを共有するためにフォーマット化してなんぼの世界といえるでしょうね。

石上さん:はい。僕は元々、自由に想像したり、言葉ではうまく表現できない感性の世界に没頭したりする「アン・コントローラブル」な素養があったので、「枠組み」というものが自分のなかに作られていくことに本然的なズレを感じていたのだと思います。

だからこそ、「法学部に入ったんだから」という思考から生まれたカセと「ここじゃない!」という本能的な衝動がぶつかり合う葛藤は、自分がまったく違う二つの方向に引っ張られるような感じがして苦しかったんです。

そのとき、岡本太郎さんの『自分の中に毒をもて』という本と出会いました。そこには「一度死んだ人間になれ」という章があって、当時の自分に深く突き刺さる「生きた言葉」が数多くつづられていました。

森本:一度死んだ人間になれ……。インパクトのある言葉ですよね。一体、どういう意味なのでしょうか?

石上さん:僕の解釈ではありますが、「何かがおかしい」という変化の芽が生まれたとき、「これまでの自分」と「これからの自分」が「今、ここにいる自分」の中で対立する瞬間があると思います。

森本:わかる気がします。真っ黒な過去と真っ白な未来。その間にある現在は、黒と白のマーブルな状態でまだどちらでもない。でも、放ってくおくと、黒が白を飲み込んで何事もなかったことのように「これまでの自分」が繰り返されていく。

石上さん:だから、岡本太郎は「一度死んだ人間になれ」というわけです。黒の自分が終わって、白の自分が始まる。僕の場合でいえば、法学を学んで行政書士になろうとしてた自分から「その道ではない」と思っている自分に移行する。決着をつける必要があったんです。

森本:鬼気せまる分岐点ですね。「マインドや習慣を変える」というものではなく、身体に染み付いた価値観が剥がれ落ちる恐怖を突き抜けて、自分の見える景色そのものが変わっていく。「死んだ」という表現には根っこから革命するような想いが込められている気がしました。

他人の目よりも自分の目を気にするな!

青い目の写真
森本恭平

どのようなときに、石上さんはこの格言を思い出しますか?

石上洋さん

そうですね。新しいことを始めるときに、「一度死んだ人間になれ」という岡本太郎の生き様が心の中でジワーっと浮かび上がってくる感じがしますね。

森本:とはいえ、そこまで身を振り切ることは簡単ではありません。石上さんは、どのような経緯で「これまでの死」を選択できたのでしょうか?

石上さん:そうですね……。その後のビジョンが鮮明だったわけではなかったので、前が見えないまま違和感を行動に移さなければいけない。変化するのも怖いし、変化しないのもまた怖い。

そんな後ずさりしそうな気持ちを岡本太郎さんの文章が奮い立たせてくれました。少し長いのですが、該当の箇所を引用しますね。

「何をしたらいいか、全然わからない」

「これでは駄目だとわかっているんだけど」

自信もない、こいつだけは貫きたいという情熱もない。生活的にはまあまあ、程々のものは持っているし……。

だらしがない、と言ってしまえばそれまでだ。だか正直に内面をさらけ出せば、若ものたちに限らず、いまこういうウツロな人間がほとんどではないだろうか。これは問題だ。

そこでぼくはそういうダメ人間、不安で、迷って、自信がない、何をしたらいいのか、てんでわからないあなたに提案する。

自分はそういう人間だ。ダメなんだ、と平気で、ストレートに認めること。

そんな気の弱いことでどうする—–とクヨクヨしても、気は強くならない。

だから、むしろ自分は気が弱いんだと思って、強くなろうとジタバタしない方がいい。

あきらめるんではなく、気が弱いんだと思ってしまうんだ。そうすれば、何かしら自分なりに積極的になれるものが出てくるかもしれない。つまらないものでも、自分が情熱を賭けてうちこめば、それが生きがいだ。

他人から見ればとるに足らないようなバカバカしいものでも、自分だけでシコシコと無条件にやりたくなるもの、情熱をかたむけるものが見出せれば、きっと眼が輝いてくる。

これは自己発見だ。生きていてよかったなと思うはずだ。

何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことだ。また、他人の目ばかりではなく、自分の目を気にしないで、萎縮せずありのまま生きていけばいい。これは、情熱を賭けられるものが見つからないときも大切だ。つまり、だめならだめ人間でいいと思って、だめなりに自由に、制約を受けないで生きていく。

岡本太郎『自分の中に毒を持て』から引用

森本:うーん、深い文章ですね。きれいもあれば、きたないもある。醜いところもひっくるめて自分が自分を認めないと、今、確かに生きている等身大の自分から出発できない。

また、よくよく考えてみると、「他人の目」って、それを意識する「自分の目」でもあると思います。「他人ってだれ?」といえば、他人に否定された過去の経験が影のように現在まで伸びていて「実態がない」ことも多いのでないでしょうか。

石上さん:そうですね。この言葉に触れて、僕は自分を見る目を一度、閉じてみることにしたんです。そして、ふと手に取ったカメラを持って、太陽が沈んでから都心に行き、思うがままに写真を撮り続けました。1日で500枚、多いときは1000枚。とにかく、自分が自分を見下そうとする目を無視してシャッターを押したんです。

森本:他人と自分に「どのように見えるか?」は置いておいて、とにかく本能のままに「今、ここにいる自分」でカメラとぶつかる。

石上さん:はい。そのとき、自分は表現の世界に心底、魅せられていることに気づいたんです。新しい自分がいた。いや、ずっと忘れていた大切な自分を取り戻したような感覚でした。

人のこころをドライブさせる表現を目指して

toddler girl touching glass tank
森本恭平

石上さんは今後、どのような未来を歩んでいこうと思っているのでしょうか?

石上洋さん

人の心をドライブさせるような物語や作品を創造したい! ここにつきますね!

森本:人の心をドライブさせる。胸の奥そこにある心の琴線から喜怒哀楽の感情が鳴り出すような表現に触れたとき、目の奥が開いていくような気持ちになります。

石上さん:わかります! 僕は映像、写真、デザイン、音楽制作、文章制作など幅広い分野で目には見えない真心をカタチにしたい。作品に触れた人びとが躍動するものを創りたいと願っています。

森本:実は、石上さんが作成した映像をよく見ているのですが、ワンショット、ワンショットに重みを感じます。

私が表現の世界を語るなんておこがましいことかもしれませんが、何かこう心を動かすものには、乾いた砂から水滴をしぼりだすような闘争があるような気がするんです。

石上さん:ありがとうございます。例えば、動画制作には、映像、音、文章などいくつもの要素を”編んではほどき、編んではほどき”を繰り返しながら、リズムをつくっていく。手に汗を握りながら、自分の感性から確かなものを発掘することは簡単ではありません。

森本:正解がないものに回答を与えるには「確信」が必要だと思います。それは、自分のなかで感じたものを出し切った先にあるような気がしています。今、こうして文章を書いている瞬間も「これくらいでよいのではないか?」という妥協の念が忍び寄ってくる。

その声の主は自分にほかなりません。ここに屈すれば、出来上がったものは、駄作になる。要は、言い訳のような文章が生まれてしまうんです。

石上さん:そうですね。このあたりは、アートがビジネスと相性の悪い根本的な問題にも通じていると思います。心血を注ぐ葛藤に没頭すれば、現実的に時を逃してしまう。仕事には納期がありますからね。きっと、多くのアーティストが悩んでいると思います。

森本:そうですよね……。バランスというのは簡単だけど、一瞬、一瞬が連続して結晶化する表現の世界では、些細なものが「まがまがしさ」として自分の心にちゃんとに残ってしまう。

石上さん:でも、そうした葛藤もひっくるめて、人との営みのなかで創作するから、自分の表現が開かれた物語として成長していくのではないでしょうか。もし、完璧なものを追い求めて自己完結の世界に閉じこもれば、人びとの心をドライブさせるような作品は生み出せないはずです。

思いどおりにいかない現実に苛立ち、涙するなかで育まれる幅みたいなものを忘れてはいけない気がします。もちろん、「妥協せよ!」ということではありません。ただ、現実から逃げずに負けを恐れちゃいけないっていうのかな。

森本:なるほど……。たしかに、表現のなかで揺らぐもの全てを含めて出し切るって感覚は大切な気がしてきました。このあたりは、もっと深めていきたいです。いやー、あっという間の2時間半でした! まだまだ、話し足りません(笑)

石上さん:また、何かの機会でコラボレーションしましょう!

森本:石上さん、本日は格言のルネサンスのインタビューに協力してくれて、本当にありがとうございました! 第二弾の企画も考えているので、是非ともよろしくお願いします。

岡本太郎の名言6選

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最後に、読者のみなさんに岡本太郎の名言・格言をご紹介したいと思います。

いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ。

なんでもいいから、まずやってみる。それだけなんだよ。

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです。人間は動物ですから。

人生はキミ自身が決意し、貫くしかないんだよ。

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

壁は自分自身だ。

心に響く言葉の語り手は真摯な生き様とともにある。

格言のルネサンスは人類の言葉が新しい価値、未来を創造する明日を目指します。

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PENDELION編集部
PENDELION編集部はライター・構成担当・編集担当・グロースハッカーから成り立っています。専属のライターさんが執筆した記事に関しては、希望がある場合にのみプロフィールを掲載します。