優しい人をイメージするときに、笑顔でニコニコしている姿を思い浮かべることが多いのではないでしょうか。すなわち、怒りの感情と対極にあるのが「優しさ」と捉えている人たちもいるはずです。
けれども、他人のために真剣に怒る人もいる以上、「怒らない人=優しい人」という構図は成立しません。むしろ、怒るほど感情移入していない可能性がある以上、無関心なだけかもしれないのです。
この記事では、怒らない人が優しいとは限らない理由4選を紹介しています。彼らが他人に興味がないのかどうかを検証していきます。ぜひ参考にしてみてください。
怒らない人は優しい人ではないという理由4選
さて、怒らないからといって「優しい人」とは限らないと言われるのは、どうしてなのでしょうか?
その理由は大きく4つあります。
理由1 感情の抑制ができているだけ
第1に、怒らない人が優しいとは限らない理由は、感情の抑制ができるだけであることが挙げられます。
怒らない人は、自分の怒りを表に出さないだけで、心の中では怒りを抱えていることがあります。感情をうまくコントロールしているだけで、本当の優しさとは全く関係がないことがあるのです。
むしろ、抑制しないとコミュニケーションが成り立たないほどの怒りを抱いているならば、実のところは極めて感情的な人物であるとさえ言えるでしょう。
理由2 一定の距離を保っている
第2に、怒らない人は表面的な優しさを見せることで、他人との距離を一定に保とうとすることがあります。
すなわち、怒らないことで、他人から好かれたり、トラブルを避けたりしようとしている場合があります。特に、近年では、何かとハラスメント扱いにされるケースもあるので、「怒る」という行為それ自体にリスクを感じる人も少なくありません。
とはいえ、このような行動は、本当の優しさとは言えないでしょう。どこまでも、赤の他人として利害関係上、面倒な存在にならないように親切にしているだけなのです。
理由3 相手の人生に興味がない
第3に、相手に興味がないことから怒りの感情が湧かないのかもしれません。
冷静に考えると、他人にある種の期待をかけている人ほど、怒りの感情が芽生えます。もちろん、過剰な期待を一方的にかけられるのは迷惑な話かもしれませんが、それだけ気にかけているとも言えるのです。
逆に、どうでもいい相手から自分の感情を動かされる可能性はあまりないはずです。つまり、その人がどうなろうが知ったこっちゃないからこそ、怒ってまで相手の方向性を変えようという意欲がないわけです。その意味では、赤の他人として適当な距離感で付き合われているだけなのです。
理由4 疲れるのがめんどくさい
第4に、怒った後に疲れるのがめんどくさいことから怒らないだけの人もいます。
当然ながら、怒る側にもエネルギーが必要です。みなさんのなかにも、怒った後に疲れが出て寝込んでしまった経験のある人たちもいるでしょう。それと同時に、時間的なコストもかかりますから、怒らない人のほうが自分の負担ははるかに少ないはずです。
したがって、人に対して思いやりがあるから怒らないのではなく、単純に面倒だから怒りの感情を抑えているだけかもしれないのです。
他人に興味ないのは本当なのか?
それでは、怒らない人は他人に興味がないということなのでしょうか?
結論から言えば、怒らないからといって必ずしも他人に興味がないわけではないでしょう。今の時代は怒りたくてもハラスメントの問題など、感情を露わにしてコミュニケーションを取ることに一定のリスクが存在します。
すなわち、こちらが思いやりを持って説教したとしても、それが人格を破壊する攻撃と捉えて法的な手段を講じる人たちもいるわけです。ソーシャルメディアによる発信も頻繁に行われている以上、下手なことをすれば、自分にとって莫大な損失が発生する可能性があります。
したがって、怒らないから他人に興味がないとは言えないでしょう。
何のために怒るのかが大事
いうまでもなく、怒りの感情それ自体に善悪はありません。あくまでも、怒る目的によって意味合いが変わってきます、母親がこどもの幸せを願っているがゆえに怒るのと、上司が自分の思い通りにならない部下に激昂するのとでは、同じ怒りでも方向性は全く違います。
だからこそ、怒るから優しい、怒らないから優しくないという短絡的な考え方を持ってしまうと、目の前にいる人たちの気持ちを見失うおそれがあるので注意しましょう。「何のために怒っているのか?」を考えることが大切なのです。